型技術2015年6月号 掲載記事
特集 レーザー加工技術の金型分野への応用
レーザーマイクロテクスチャによる摩擦低減技術
㈱リプス・ワークス 井ノ原 忠彦

Tadahiko Inohara:代表取締役COO
〒144-0033 東京都大田区東糀谷6-4-17
TEL:03-3745-0330

 プレス加工、絞り加工の現場では、粘性の高い短鎖塩素化パラフィン鉱物加工油を大量に使用している。これは作業環境を著しく悪化させるばかりでなく、加工後の洗浄工程においても大量の洗浄水が必要となる。加工油の削減、洗浄水の削減は、環境影響側面からも必須条件である。しかし、加工油の削減は金型のかじりや短命化につながり、完成した加工品質も満足のいくものではない。そのため、より複雑形状のプレス、絞り加工を行うためには、強い極圧力を回避するためにより多くの加工油が必要とされてきた。
一方、トライボロジーの世界では、長年にわたり表面機能の向上が研究されてきたが、表面機能を向上させた金型の製造技術、その金型の特徴を活かすプレス、絞り加工、成形技術が追随せず、理論と現場対応力の間に乖離が生じていた。その隙間を埋めるために、金型表面の高硬度化と金型表面全面にまんべんなく加工油を行きわたらせるための、微細構造をもつマイクロテクスチャ(いわゆるミクロプール、微細な油だまり)を形成する技術がある。その構造の優位点を十分に理解したうえで設計された金型を用いて、ニーズに合った最適加工条件を確立し、表面摩擦係数の低減、表面の高硬度化を実現する必要がある。表面摩擦係数の低減は、少なからず、極圧力、かす上がりなどの現象に貢献するものと考えている。
超短パルスレーザーの特徴と当社の取組み
開発した短パルスレーザ加工機 ピコ秒、フェムト秒レーザーなどの極短パルスレーザーでの加工プロセスは、従来の伝熱型昇華加工に対してピコ(10-12)秒は、表面組成分解加工である。ピコ秒レーザーを導入した時点では、パルス数を単調に増加させた場合、所定のアスペクト比で制御不能となり不安定化するなど課題が多く、特徴を活かすべく光学系(集光性能、耐光性能)とモーションコントローラ(高速描線精度、レーザーパルス同調機能)のすべてを自社開発せざるを得ない状況であった。図1 が高性能をデザインエンクロージャした当社オリジナルレーザー加工機である。このレーザー加工機は、ピコ秒を表すPico と熱影響を排除した意味のCool を合わせて「PiCooLs」とした。
現在では、フェムト(10-13)秒レーザー加工機が加わり、4 台の極短パルスレーザーが稼働している。
以下にレーザー加工技術を紹介する。
1.微細穴加工
極短パルスレーザでの孔加工形状 一部を除き穴加工は基本的にストレート形状が望まれるが、この形状は光を収れんするレーザー加工原理と背反する。この収れん角度を見かけ上打ち消すために、真円性を向上させたビームローテーターを独自開発した。詳細は省くが、ビーム角変位と軌道半径を高速円運動中に芯ブレなく回転させることにより、ストレートで高精度の穴加工技術を確立した。壁面の粗さが改善されたことで、機械加工と比較して数万穴の加工を実施した場合、ドリルの摩耗やシューティングなどの不具合がなく、工具交換の必要がない。また、加工時間についても、数倍の加工スピードを実現している。特にファインセラミックス・超硬合金などのような高硬度材加工に加え、フェライトや、ポーラス状の材料への加工性も良好である。図2 は、窒化ケイ素にΦ60µm を、アスペクト比10倍程度で加工した写真である。誌面の都合で多くの加工例を記載できないが、極短パルスレーザーでの穴加工は材料を選ばず、高速・高精度な加工が可能である。
マイクロレンズアレイ金型ディンプル加工図4 微細レーザー加工によるエンボス加工と微細溝構造
2.マイクロテクスチャ加工
表面機能向上のためのマイクロテクスチャ加工技術は、あらゆる分野での応用研究が活発化している。
背景にはレーザーによるバリのない表面加工が可能になったことがあげられる。この技術が出現する以前、熱レーザーを含む従来の除去加工では、高精度に加工された表面に発生したバリのために、再研磨加工などの追加工が必要となり、希望のテクスチュアを形成することは困難であった。
そのような不具合を一掃し、当社では、光学部品金型のような複雑な形状をはじめ、摩擦係数低減のためのディンプル加工(ミクロプール創成)を実施し、トライボロジーの世界に大きな実用化の道を開きつつある。特に光学部品金型は、複雑形状は当然のこと、面粗度についても厳しい要求がなされている。マイクロレンズアレイ金型を示す図3 では、Φ200µm、深さ30µm、ピッチ250µm、凹み面の面粗さはRa で0.5µm を実現している。図4 は、同様の寸法でエンボス加工を実施した例である。特筆すべきは、バリ、熱影響による形状不整がまったく見られないのと同時に、深さや高さが指定通りに制御できるようになったことである。
レーザー加工事例;①微細突起形状、②微細パイプへの螺旋溝加工、③微細格子構造、④SUS50μm加工写真 トライボロジーにおける、ディンプルでは、Φ50µm 以下深さは数µm~10µm が要求されているが、その形状形成も満足のいくものである。材料はSUSをはじめ金型鋼など制約なく適用できる。また、金型として使用する場合は、長寿命化を目的として、各種のコーティングを施す場合が多い。
摩擦係数低減のためのパターンでは、ディンプル形状に限らず、図5 に示すような、溝加工の需要も多くみられる。写真は山形形状を加工した例であるが、加工形状が崩れず、そのライン(10µm 以上)&スペース配列は自由である。
微細形状の形成は、技術の向上により、一見不可能と思える形状形成が可能になり、工業的応用範囲が広がっている(図6、図7)。
直接トライボジーに寄与しない場合もあるが、触感・感触と訳されるタクタイルの世界や金型、医療、バイオ、美容などの分野で、注目されるようになってきている。
また、平面のみならず、円筒形状のようなケースでは、レーザー光を旋盤のバイトに見立てて、さまざまな加工が可能になった。ここでは、図8 に微細パイプへの加工を紹介するにとどめるが、この機構はジャーナル部へのディンプル、あるいは溝加工が可能なことを示している。
3.ステージ駆動による切断
切断加工は、最も普及しているレーザープリケーションだが、従来はそのプロセスが溶断であることから、箔に対しては形状不整が避けられなかった。ここでは、図9 に金属箔の切断写真を示している。極短パルスレーザーでの加工は、材料に熱を与えずに加工できるため、当初の平面度を確保したまま、微細な加工が可能である。同図は、SUS 厚さ50µm に20µm の櫛歯を形成したものである。
マイクロテクスチャと摩擦係数
自動車摺動部品などの摩擦係数を少しでも軽減することは、環境負荷低減の要請から至上命題になっている。これまでのトライボロジーのように、潤滑油・グリースの大量使用による潤滑機構の利用は許されず、最少潤滑油量(MQL : Micro Quantity Lubrication)あるいは、天然由来油でのトライボロジーを実現する必要もある。このことは、加工油使用を最小限に抑えた、プレス加工におけるかす上がりの解消、絞り加工における極圧力の分散に大きく貢献するものと考える。
この制約条件下では、十分な油膜面を保持したままの液相潤滑機構ではなく、混合潤滑機構あるいは油膜面が不足状態になる境界潤滑機構においても、低摩擦状態を保持する技術が求められる。
一般に、境界潤滑あるいは混合潤滑では、摺動している2物体が接触し、連続していた油膜面が途切れる可能性が高い。特に、MQL あるいは天然由来油のような低粘度油による潤滑では、摺動速度が遅くなると、2物体が折衝状態となるスティッキング現象が生じ、摩擦係数の急速な増大あるいは2物体の凝着が生じる可能性が高い。この不具合を解消するためには、2物体が接近し、互いにトラクション伝達するときに、薄い油膜面が形成されている必要がある。すなわち、摺動する2物体間が比較的大きな圧力バウンダリーになっても、接触をさけることができれば、摩擦係数の急速な増加は回避される。ここに、マイクロテクスチャの応用展開がある。
レーザー微細加工事例:①SUS420試験片に作成したディンプル加工、②SUS420試験片ディンプル詳細、③マイクロテクスチュア効果を評価する摩擦試験方法、④マイクロ・ディンプル・パターンの耐久性試験
 芝浦工業大学デザイン工学部相澤龍彦教授の指導を得て、これまでの潤滑油・グリースの大量使用によるプロセス・トライボロジーではなく、最適なマイクロテクスチャを検討した結果を次に記載する。具体的には、SUS 420 試験片に図10、図11 に示すように、微小穴パターンを付与し、その摩擦・摩耗特性と摺動速度をパラメータに調査・考察した。その結果、すべての摺動速度において、摩擦係数を半減できたことに加え、混合潤滑領域における潤滑特性曲線(ストライベック曲線)を下方に押し下げる制御が可能となることを実証した。
多少の変色はあるものの、微小穴回りのバリが全く見られない。これにより、作製した試験片を研磨などの後工程なしに摩擦・摩耗試験に利用することができる。さらに、作製したマイクロディンプルの表面配列は、極めて良好な規則配置となっており、マイクロベアリング効果を検討すべき試験片作製となっていることを保証している。上記のマイクロ・ディンプル・パターンにおいて、その穴径・穴深さ・穴ピッチをパラメータに設定し、穴径は30~100µm、深さは3~30µm、穴間隔は15~150µm の範囲で制御した。
具体的には、その摩擦・摩耗特性と摺動速度をパラメータに、芝浦工業大学に既設のトライボメータ(ボール・オン・ディスク法;以下、BOD 試験法)にて調査考察した。相手材料は、SUJ2硬質ボールを使用した。実験系模式図を図12 に示す。潤滑油の種類・温度を一定、負荷荷重を一定として評価を行った。
最初に、作製したマイクロディンプルの寿命について、初期の接触状態あるいは短時間の摩擦により消失しては、工業用途としてのマイクロテクスチャ効果はきわめて限定的となる。そこで、3,000 m 連続試験を行い、摩擦係数変化を調査した。マイクロディンプルが連続試験中に変化が生じれば、摩擦係数の微小な増加として反映される。結果を図13に示す。
同図から明らかのように、測定された摩擦係数は、経過時間に対して単調に減少しており、15ks 経過後も一定の摩擦係数を維持していた。試験終了後のマイクロテクスチャを観察しても磨滅することなく健全性を保持していた。実用的には、部品・部材の表面硬度を上昇させるか、DLC コーティングなどの硬質コーティングを施すことによって、長時間の使用が期待できると考えている。
レーザー微細加工事例:①SUS420試験片に作成したディンプル加工、②SUS420試験片ディンプル詳細、③マイクロテクスチュア効果を評価する摩擦試験方法、④マイクロ・ディンプル・パターンの耐久性試験 図14にパターン形状の異なるマイクロディンプル2種類と、パターンなしの通常試験片との摩擦係数特性の違いを比較する。潤滑油は、初期に給油したのみで、途中での給油は行わない。また膜厚を均一化するために、初期の塗布後、同一の手順で油膜厚さの制御を行った。
同図より、相手材料との接触域内に有効なマイクロディンプル密度が多い、50µm 径のマイクロ・ディンプル・パターンを用いることで、摩擦係数は半減することが確認できる。しかし、実際の金型部品や部材では、種々の速度条件で稼働することが想定されるため、比較的広い摺動速度範囲で、低摩擦状態が保持されるかが課題となり、適したパターンの設計が必要となる。
マイクロディンプルを用いない場合には、潤滑油の粘度と摺動速度により、相手材との接触界面における油膜厚さが決定する。したがって、速度が遅く、低粘度の潤滑油では、界面での油膜厚さが大きく減少していくため、摩擦係数は増加する。
一方、速度と粘度が増大するにつれて、油膜厚さが増大するために、摩擦係数は低くなり、使用した潤滑油特性に応じた摩擦係数で停留する。さらに粘度・速度を増大すると、せん断抵抗損失も大きくなり、摩擦係数は微増する。これらの実験からマイクロテクスチャによるマイクロベアリング効果で大きく変化すると想定される。理想的には、相手材との接触状態で決まる油膜厚さを確保する潤滑油がマイクロディンプルより供給されることで、マイクロテクスチャ密度での高圧力分布が発生し、摺動速度に関係なく、低摩擦係数が保持される。
図15に、摺動速度を、5-50 cm/s 範囲で変化させた場合のマイクロテクスチャ効果を示す。高密度に配置することで、マイクロテクスチャなしの摩擦係数半減状態を、摺動速度に大きく依存することなく保持できることが、明らかである。
しかし、実際の現場では、あらゆる使用環境が存在する。マイクロテクスチャを付与する部位、穴径、深さ、ピッチなどは、それぞれの環境によっても、使用する潤滑油の種類によっても、パターン設計が異なる。十分な実験、データ取得が必要である。
プレス加工時のかす上がり、絞り加工時の極圧力の分散への提案
前述したように、レーザーマイクロテクスチャ技術で創成したミクロプールが摩擦係数の低減に大きく寄与することが明らかになった。これはプレス・絞り金型への応用が有意義であることを示している。
レーザーマイクロテクスチャによるミクロプールに加え、相澤教授の研究である低温プラズマ窒化処理技術、磁界制御DLC コーティング技術と併用することにより、表面機能が大幅に向上することはすでに確認されている。
設計された金型に対して、金型表面の硬さ、テクスチャの最適条件を検証する必要はあるものの、この技術が高度な絞り加工技術の実現、かす上がり対策の一助となる可能性がある。
 短パルスレーザーの出現は、表面機能向上の有力なツールとなりうることが証明された。その技術は、トライボロジーに限らず、バイオチップ、各種デバイス、医療用部材など多くの応用範囲が広がりつつある。当社が有する微細加工技術は、レーザー作用点をマイクロバイトに見立て、その能力を発揮させる光学系とモーションコトロールを最適化していることであり、現在の取り組みはバイトデザインの自由化とモーションコントロール空間位置の自由化である。レーザーそのものがもつ優位性を最大限利用しつつ、欠点は光学系と制御技術でカバーし、あらゆるニーズに対応すべく研鑽を続けていく。